バランス感覚

何事もそうですが、バランス感覚はとても重要なことではないかと思います。では歯の治療ではどんなバランス感覚が必要なのでしょうか。

バランスを取るとき何かしら基準になるようなものがあるといいですよね。例えば、平均台のようなもの上に立つときは下を向くのではなく遠くを見た方がバランスが取りやすいことは皆さんも経験されているのではないでしょうか。

歯の治療で地平線のような基準となるものは何か?ズバリ言えば、消化器官であるため「噛める」ということが基準になります。我々歯科医師の多くが、これを基準に治療方針を考えていきます。至極当たり前のことに思われるかもしれませんが、案外これを見失いがちで、「歯を抜かない」「神経を取らない」「歯を削らない」「審美」などの足元の基準に注目してしまい、バランスを崩してしまう方を時々お見受けします。

「歯は抜きたくない」の一点張り

次の写真は足元ばかりを見ていたがためにバランスを大きく崩してしまった症例です。

骨吸収
正常なレントゲン像

2枚の写真を比較すれば、上の症例の至る所で骨が溶けて無くなっているのが良くわかると思います。下の前歯以外は、ほとんどグラグラな状態でした。「食事ができないので治して欲しい。」とのご要望でしたので、「グラグラの歯を抜いて入れ歯を入れましょう。」とご提案しました。しかし、「歯は抜きたくない。」の一点張りで、歯を抜かないと入れ歯が作れないことを説明しても受け入れてもらえませんでした。このように大きく骨がなくなってしまう原因は、「抜かなければいけない歯を抜かずに放置していた。」ことがなのです。食事ができないのであれば、頑張って歯を残しても意味がありません。

インプラントを避けた結果

先程の2枚目のレントゲン写真のも決してうまくいったわけではありません。

この方は70歳近くまで歯を一本も失うことなく全部揃っていました。しかし、歯が割れるなどして上の2本を当院で抜きました。その際インプラントをお勧めしましたが、「痛そうだし、費用もかかるから」といったことでそのまま放置されました。そして、2年ぐらいしたら奥歯が痛いと訴えて来院されました。その歯が下の写真です。

左上の奥歯

この歯に治療した痕跡は一切ありません。70年近く問題なかった歯が隣の歯を抜いて僅か2年ほどで割れてしまったのです。

私がインプラントを勧めたのには理由がありました。この方のレントゲンを見ると噛む面が一直線になっています。つまり歯軋りがひどいことがわかります。歯に相当力がかかっていることが推測できたため、「インプラントを入れて噛む力を分散させないと、歯が破れますよ。」とお話ししていたのです。

残念ながらブリッジや入れ歯は歯を抜いた部分を補って噛みやすくなりますが、土台となる歯にはこれまで以上の力がかかってしまうため、破折を予防することはできません。

「他の歯を失わないためにインプラントが必要」という考え方を皆さんにも理解して頂きたいと思います。

見た目を気にするあまり

次は見た目を気にするあまり歯をダメにしてしまった症例です。

下の前歯が全部連結していますが、触ると6本全体がぐらぐらしています。これを治して欲しいという訴えでした。

最初、なぜこんなことになったか伺ってみると、歯と歯の間の隙間が気になってプラスティックで埋めてもらったとのことでした。1度埋めてもしばらくするとまた隙間ができてしまうため、再度プラスティックで埋め直すことを繰り返した結果、このようなことになってしまったようです。

プラスティックを歯茎の近くに詰めるには、よほど上手に仕上げをしないと歯茎が炎症を起こします。また、間を埋めてしまうと清掃性が悪くなり歯周病を引き起こしてしまいます。

この症例では、プラスティクを取り除いて、磨きやすい状態にすることが必要だったのですが、患者さんはプラスティックを取り除くことを拒まれ、来院されなくなってしまいました。

正しい感覚

これを読まれて多くの方が他人事のように思われたのではないでしょうか。しかし、専門家からすると多かれ少なかれ誰しも似たようなものではないかと思います。

当院ではほとんどの虫歯はプラスティックで治します。しかし、多くの方が当院に来られるまではプラスティックに懐疑的で、セラミックなどの硬くて丈夫なもので治療することがベストだと考えられています。以前のコラムでも述べたように、「長持ちして欲しいのは、であって、詰め物ではないですよね。」と問いかけて初めてハッと気づかれる方がほとんどです。

正しい知識で正しいバランス感覚を身につけて頂くことは、私たちの重要な仕事だと考えています。「不自由なく食事ができる」ということを何よりの基準として、どのような治療を進めていったらいいのかを考えられるようになって頂けるよう、皆様にお知らせしていきたいと思います。